五色の色眼鏡

色眼鏡で前がみえない…。 独断と偏見にみちたアニメの感想です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

岡田斗司夫著『オタクはすでに死んでいる』(新潮新書 2008)感想

ただひたすらアニメの感想を書いていても面白くないと思い、本の感想でも。でも、アニメに関わりのあるものですが・・・。この間、実家に帰ったときの帰路、暇だったので手に取ったのが、本書。だらだらと読んでいて、つい先日読み終わりました。

はじめに、著者の岡田氏については、昔ガイナックスに関わっていた方で、オタクの代表的な存在であり、オタク論を展開している、この程度のことしか知りません。岡田氏の提唱してきたオタク論についても知りませんし、オタク論の現状についても知りません。まったくもって、門外漢ですな。なので偉そうなことは言えません。

で、本書を読んだ感想は、・・・なんだろう、この違和感。

衝撃的なタイトルの本書、その内容は、オタクを世代的に、第一世代、第二世代、第三世代と分類した上で、論を展開していきます。第一世代は貴族主義であり、第二世代はエリート主義である。それに対して、現在のオタクの主流である第三世代は「萌え」中心であり、そして、オタクということがアイデンティティの問題になっていると批判します。そこには、オタクとしての誇りやプライドがない。つまり、かれらはオタクと呼べるような存在ではない。かれら第三世代をもって、オタクは死んだと主張します。残された第一世代、第二世代は、マニアとして生きていけ、と提唱して終わります。

うーん、なかなか懐古主義的だなぁ。まぁ、岡田氏のいうオタク第一世代、第二世代に向けたものだから、当然かもしれません。第一世代、第二世代についての岡田氏の定義は、案外、的を得ているのかもしれません。この点についての批判はいろいろされているでしょうが。

では、思ったことを三点だけどだらだらと。まぁ、第三世代のことが中心になりますが。

・岡田氏は第三世代にはオタクとしての教養がないと批判しているが、今やその教養が莫大な量のものになってしまっている、という問題があるのではないか。第一・第二世代は、当時の教養を得た上で、時代を追いながら増え続ける教養を身につけてきたことと思います。しかし、第三世代は、それらをまとめて教養だと提示されるわけで、それらをすべて教養として身につけるのは土台無理な話では。アニメだけでも大変なのに、さらに軍事や鉄道、SFの教養を身に付けとけだなんて・・・。かれらが、ジャンルやカテゴリーに知識が偏向するのは致し方がないのではないのでしょうか。

・岡田氏は、社会背景を考慮しながら論を展開しているが、第三世代については、ネット環境の拡大というものを重視していない。インターネット、これ結構重要だと思います。第一・第二世代は、オタクであること自体がアイデンティティたりえた。しかし、第三世代になると、ネット環境によって、大量のオタクがいることを知ってしまう。そこで自己を確立していくためには、自らの趣向を強調せざるを得ない。こういう社会背景があるのではないでしょうか。

・岡田氏の批判する第三世代のようなオタクは、昔からいたのではないでしょうか。岡田氏のような第一世代のオタク集団からは、距離が遠かっただけで。それがネット環境の影響などで中心に躍り出てしまった、と。岡田氏の例示する、SFを死に追いやったヤマトファンやガンダムファンは、当時の第三世代のようなオタクの最たるものなのではないでしょうか。かれらはファンであり、オタクとは違うと主張するのなら、それはオタクという語義の拡大の問題に収斂すると思う。

今の時代、オタクと大きく括った研究すること自体無理なのかもしれませんね。それぞれのジャンルごとに分散し、オタクとしての総体を持たなくなってしまっていったのだから。

で、まぁ、岡田氏の言いたいことは、極論すれば、「今のオタクはオタクじゃない。貴様らと一緒にされては困る。貴様らがオタクと言うのなら、俺はマニアを名乗る」ととりました。曲解かなぁ・・・。


結局、よく分かってないのに偉そうに書いてしまった。たぶん的を得ていないでしょう。で、自分は岡田氏の分け方に従って分けるなら、世代は第二世代なのに、アニメに興味を持ったのは第三世代と同期というどうしようもない存在。まぁ、それ以前にどの世代のオタクにもなれない存在ですが・・・。

でも、本はもっと読まないといけないなぁ。最近アニメを観るばっかで、ぜんぜん読んでない。分かっていながら読まない・・・。ダメだなぁ・・・。

スポンサーサイト

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。